セネガルの母子保健事情
セネガルにおける乳児死亡率は日本の約26倍、妊産婦死亡率は日本の約70倍と非常に高い。産前・産後ケアが充実しているか?安全なお産がなされているか?という点に関してはなかなか把握するのは難しいが、現在ではどのくらいの妊産褥婦(妊娠中、出産の時、産後の女性)が専門技能者(医師、助産師、看護師)と接することができるか?その割合でみる。その割合が高ければそれだけケアが充実しているとみなされる。特に、お産の時に専門技能者が立ち会うケ一スでは妊婦健診や産後のケアもなされていることが多いとされている。
≪村では専門技能者が付き添う出産は0%≫
専門技能者が付き添う出産は、セネガル全体では51%とされている.しかし,私の任地のある二オロ県では総人口約27万人に対して医師は1名(二オロ在住)、助産師2名(二オロ、メディナ・サバ在住)、看護師18名と専門技能者はかなり限られた数しかいない。任地では、看護師はいるがお産には立ち会っておらず実際は全てマトロン(無資格産婆)が介助している。助産師がいるCentre de santeであっても、マトロンが介助することが多いらしい。
活動村では、妊婦健診はパオスコト診療所に行く人が多いが出産は村のマトロンを呼んで自宅出産することが多い。パオスコトでも、マトロンのみの介助であるからいずれにしても専門技能者(une personne qualifiee)の介助を受けられていない。
≪マトロンとは?≫
マトロン(無資格産婆)は、国家資格があるわけではないが、セネガルでは国がマトロンの分娩介助を認めている。しかし、薬剤投与、注射行為、血圧測定、内診、その他医療行為で行ってはいけないことが多い。妊婦健診もマトロンのみが行うことは一応許されてはいない。(実際は行っている)
マトロンになる条件:
・読み書きができる
・ 地域から選出される
・ (マトロンになる時)25歳〜50歳まで
・ 農家に嫁いでいる
・ 所定の研修を受けている(助産師の仕事を3ヶ月間見学する研修らしい)
※ 村の診療小屋(Case de sante)には、最低2名最高3名のマトロンがいなければいけない。
診療小屋に分娩室、分娩台、分娩セット、ベッドなどの物品が揃っている場合でも村でお産する場合は自宅出産がほとんどなので診療小屋はほとんど使用されていないことが多い。
≪マトロンのお産は危険か?≫
セネガルの助産師のお産も見学してみたが、技術的にマトロンとそれほど差がないように思われる。勿論人によって技術の差はあると思うが、経験年数の豊富なマトロンの技術はなかなかなものである。マトロンだから危険だとは言い切れない。しかし、アセスメントをきちんとしているのか?ちゃんと知識あっての行動なのか?まだわからない。助産師もマトロンも、はやく児を娩出させようとするため胎児仮死(胎児が臍帯や頭部圧迫などによって酸素欠乏となる)になりがちである。その点は、セネガル全体がこれまで長い間ずっとこのような介助をしてきたのであろうし、すぐにそれをどうにかするということはできないであろう。
マトロンへの再教育に関しては専門家の間でも是非が問われているが、マトロンしか介助する人がいないという現状では、マトロンがより良い分娩介助・ケアができるように援助する必要がある。
≪マトロンの再トレ一ニングについて≫
マトロンについて上記の通り、許可されている医療行為に限界がある。(主にリスクのない自然分娩介助のみ)しかし、現状はこのようなきまりは無視されている。私の職場に関して言えば、看護師は妊婦健診には関わっておらずマトロンのみで実施している。薬の処方もマトロンがしている。異常ではないか?と疑わしい場合には看護師にバトンタッチしている人もいるが、そのまま帰らせようとする人もいる。マトロンに技術・知識の差がある。
妊婦健診におけるマトロンへの指導
例1)妊婦の貧血について
妊娠中は貧血になりやすい。日本では血液検査を最低3回(妊娠初期・中期・末期)行っており、その値によって食事指導、内服薬投与、注射のいずれかの治療・ケアが行われる。セネガルでは、地方では血液検査でHb(ヘモグロビン)を測定することはなく目瞼結膜、爪や舌の色などで貧血かどうかを判断している。原則として妊娠がわかった時点から分娩に至るまでずっと鉄剤は投与されることになっている。1日1回1錠が決められているが、貧血気味であったり、妊娠後期になって初めて妊婦健診に来た人は1日2回1錠づつの投与をしたほうが良いとされている。そこで、マトロンと話し合い私たちは妊娠7ヶ月以降に初めて健診を受けた人には1日2回投与することにした。また、食事指導についてはセネガル政府のマニュアルをもとに作成した。貧血気味の人には、必ず指導をするよう促している
例2)妊娠月数について(子宮底の測り方)
セネガル人女性たちのほとんどは、最終月経を覚えていない。自分の年齢までも知らない人が多い。タバスキなどセネガルの大きなお祭りを目安に数える人もいる。なので、妊娠月数を把握するには子宮の大きさで予想しなくてはならない。初回の健診での子宮底の長さを基準にその後の伸び方をみていくので子宮底の測定は重要だ。マトロンによって測り方が違うため、数cmのずれがある。そのため時には1ヶ月〜2ヶ月経っても前回より短かったり、1cmしか伸びていなかったりする。それでは異常なのか、実は正常であり測り方がまずかっただけなのかわからない。妊婦によっては妊娠月数を聞いてくるので子宮底からの予測でしかないが、伝えることもある。子宮底からわかることは妊娠月数だけではない。急に伸びた場合には双子が疑われるし、もしかしたら羊水過多(羊水が多すぎる。胎児に奇形などの問題があることが多い。)かもしれない。逆にあまり伸びていなかったら赤ちゃんがあまり育っていない(子宮内胎児発育不全)可能性があるし、心音がきこえなければ子宮内胎児死亡の可能性もあり得る。
マトロンに対してどのように指導していくべきか考えた。最初はマトロンが自力でできないと意味がないので、自分はほとんど手を出さないようにしようとしていた。しかし、なかなかそれができない。一方が診察すれば一方は記録という感じなので一緒にやっていくことが難しかった。しばらくはこんな状態が続いた。その後、ダカ一ルで研修をして他の施設から色々情報をもらってからはマトロンにアドバイスをしたり、一緒に考えていくようにした。話し合いながら健診をしていくうちに、マトロンたちの態度も少しずつ変わっていった。それまであまり私の言うことに耳をかさなかったマトロンも私がやっていることを見ようとしたり、何か学ぼうとしているのが感じられた。なので、今は無理にマトロンのみにやらせようとはせず、私も手伝いながら一緒に観察していき注意すべき点を話し合い妊婦への個別指導の助言をしている。(2004年7月現在)
≪Safe Motherhoodについて≫
・(仏語では、La maternite sans risques)
以下、ユニセフのHPより抜粋(http://www.unicef.org/ffl/02/1.htm)
※仏語はこちらのHPを参照してください。(http://www.unicef.org/french/ffl/02/1.htm)
訳:田中
1. すべての家族が妊娠・出産の危険なサインを知ることが重要であり、問題が起きたらすぐに適切
な医療(援助)を受けられるようにしておく
〜情報提供〜
どんなお産でも、何か悪い方向へと向かうリスクをかかえている。合併症の多くは予測できない。初産は母子ともに危険がいっぱいである。
妊婦は少なくとも妊娠期間中に4回の妊婦健診を受ける必要がある。また、専門技能者(医師、看護師、助産師)にどこで産んだらいいかというアドバイスを受けることは重要である。なぜなら、妊娠中、分娩中、分娩直後には何がおこるのかわからないので最寄の病院がどこか?緊急時に搬送できる施設を把握しておく必要がある。
あらかじめリスクが予想される場合は、最初から施設での分娩を考慮する。
初産はとくに施設での分娩の方が安全である。
起こり得る危険のサインを知ることは大切である。
妊娠前のリスクファクタ一
・ 間隔のあかない妊娠(2年以内)
・ 18歳以下、35歳以上の出産
・ 5人目以上の出産
・ 早産または2000g以下の児を出産したことがある
・ 以前難産または帝王切開だった
・ 以前流産または死産を経験した
・ 体重38kg以下
・ 女性性器切除をした
妊娠中のリスクファクタ一
・ 体重減少(妊娠中は少なくとも6kgは増えないといけない)
・ 貧血症状
・ 足、腕、顔の異常なむくみ(浮腫)
・ 胎動が少ない又はない
緊急対応が必要なサイン
・ 妊娠中又は産後の持続するおびただしい出血
・ 激しい頭痛、または胃痛
・ 激しく持続する嘔吐
・ 高熱
・ 前期破水
・ 痙攣
・ 激しい痛み
・ 分娩遅延
※ 以上の内容を参考に、今後マトロン及び村人たち(男性も含めて)に情報提供をしていくことが大切だと考える。